SDGs特集企画の第3回目は、ソーシャルビジネスで急成長を続けている、株式会社ボーダレス・ジャパンの代表を務める田口一成さんのインタビューをお届けします。「ソーシャルビジネスを生み出す生態系」を世界中に創る、という『志』のもと、社会問題を解決する様々な事業を展開しています。ICCコンサルタンツが運営するIBPビジネス留学の修了生でもある田口さんから、留学経験も交えながら、ソーシャルビジネスの本質、現在取り組まれている事業のお話をお伺いしました。
田口一成氏/Kazunari Taguchi
株式会社ボーダレス・ジャパン代表取締役社長。1980年生まれ。福岡県出身。大学2年時に発展途上国で栄養失調に苦しむ子どもの映像を見て「これぞ自分が人生をかける価値がある」と決意。株式会社ミスミに入社後25歳で独立し、株式会社ボーダレス・ジャパンを創業。「ソーシャルビジネスで世界を変える」というミッションのもと、2020年10月現在、世界13か国で37の事業を展開している。2018年には「社会起業家の数だけ社会課題が解決される」という考えのもと、社会起業家養成所「ボーダレスアカデミー」を開校。 グループ内外での社会起業家のプラットフォーム拡大を通して1,000の事業を生み出し、社会を変えることを目指している。
ビジネスの在り方をリ・デザインしていく
ー世界中にソーシャルビジネスを生み出し続けるボーダレス・ジャパン。ソーシャルビジネスの本質をお伺いしました。
ソーシャルビジネスとは、社会問題をビジネスという手段を通じて解決していくということですが、もう少し深く見ていくと、非効率なものを含めてビジネスを回していく、ということが最終的な「型」だと考えています。資本主義経済においてビジネスとは、利益がないと継続ができないので、売上を上げるためにコストを下げます。効率の追求をすることが、ビジネスの大鉄則。逆に言うと、効率よく働けない人、効率の悪い地域というのは、その原理から漏れていってしまいます。結果的に、効率の悪いものがどんどん取り残されているという状態が今の社会で起こっていて、それが社会問題化しています。
その非効率をも含めてビジネスというものをリ・デザインしてみようというのが、僕の本質的な取り組みです。非効率ということを理解したうえで、ビジネスを最初から作り直そうというのが、ソーシャルビジネスの本質的な取り組み方だと思っています。
ソーシャルビジネスを生み出し続ける先に見ている世界
今は事業のノウハウがどんどん出来上がってきています。そして、そのノウハウを世界中に広げて世界がよくなる速度を上げていくことが、僕がやりたいことの一つです。どうやったらそのノウハウをオープンにできるかということが重要で、この仕組みを作りたいという思いがボーダレスグループの本質にあります。
僕たちが「恩送りのエコシステム」と呼んでいる、ボーダレスグループの仕組みがあります。グループ各社の余剰利益を共通のポケットに入れて、新たな社会問題にトライしたい起業家をサポートするお金にしましょうというものです。「ひとつでも多くの社会問題を解決して社会をよりよくする」というグループ共通の目的が明確にあるため、この仕組みは上手く機能しています。余剰利益を次の仲間たちのために使うというのは、気持ちのいいことですし、こういう形で繋がっている仲間が世界中にいると、自分が培ってきたノウハウをボーダレスグループという信頼のネットワークで広めていける。これが世界中に拠点を広げていく理由ですね。
そういう相互扶助の生態系・エコシステムを作り上げたいというのが、僕のメインテーマです。
みんなが主役の「ボーダレス・ジャパン」という組織
ボーダレスは大きな組織に見えますが、各会社内ではそれぞれ課題を抱え、社長たちをはじめ四苦八苦していると思います。僕は、各社にいる社会起業家のみんなに、それぞれがやりたいことを実現してほしいのです。ひとつのフレームを与えてその中で頑張ってもらうと言うよりは、自由に好きに挑戦してみてほしいと思っています。
また、メンバーは各社に就職していますが、「ボーダレスグループ」という大きな組織にも属している。全体でいうと大きな船に乗ってはいますが、小さな小舟に乗ってその大変さを乗り越えているという感じですね。その大変さが今は違う、と思えば、一度ボーダレスを出ても構いません。また戻ってきたくなれば、出戻りも歓迎です。会社は違っても、グループ内転職があってもいいし、その方が仕事としては面白いのかなと思っています。みんながフラットにやっていければいい、というざっくりとした考え方です。
人への見方を変えてくれた留学経験
留学したことは、僕にとってプラスの経験になったと素直に思っています。理由は二つあります。まず一つは、人への見方が変わったことで、それが一番大きいかなと思います。僕はもともと生意気な性格なので、サラリーマンはつまらないと思っていたんですよね。でも、当時社会人が多かったIBPに参加して、仕事を辞めたり、休職したりして留学にきている人達に出会いました。彼らは一生懸命毎日勉強して、宿題をちゃんとやっていて。僕なんか宿題をやったことのない人間だったので、正直びっくりした。同時に、真剣に何かに取り組んでいる人ってかっこいいなとも思いました。学生の頃はForbes(世界的経済誌)に載っている人だけがすごいと思っていたのですが、そうではないことを知りました。
本当の意味での人の価値に気づけたシェアハウスでの経験
あとはやはり、人種のるつぼであるアメリカにいて、色んな人と出会えたこと。僕はシェアハウスにも住んでいましたが、変わった人達と付き合うこともありました。どれぐらい変わった人たちかは、詳しくは言えません(笑)でも、彼らは優しくて、人間味があり、温かかった。本当に色んな人がいていいんだなと。人の価値というのはどんないい大学に入っているか、いい勤め先に入っているかではなくて、人として優しい人がとても大切なのだということを知りました。
自由で軽やかな生き方、「みんな違ってみんないい」という考え方
留学中、インターンをしていたマーケティングリサーチ会社の上司が、来週から仕事を辞めるという話になりました。「何するの?」という質問に、大学に行って、哲学の勉強をし直したいと言っているのを聞いて、すごく自由だなと思って。心軽やかに生きる感じがまさに「みんな違ってみんないい」っていう言葉通りで、その感覚がとても僕の根底の中に残っています。
ボーダレス・ジャパンの創業期はそんなことも言っていられず、皆で必死に走っていましたが、一呼吸ついた時にどういう組織を作っていきたいか、どういう新しい人を迎えいれていこうかという段階の時に「みんな違ってみんないいよな」という考え方は自分の体感としてありました。それは今のボーダレスというプラットフォーム、みんながやりたいことを会社を使ってやってもらう発想のベースになっています。頭で理解するというよりそういうものでありたい、というもの。留学の経験がなかったらその感覚は持てていないだろうなと思っていますね。
ソーシャルビジネスに挑戦するうえで大切なこと
これからソーシャルビジネスに挑戦したい人には「志」と「行動力」を持ってほしいです。志というのは、「みんなの夢」になるようなこと、夢が個人的な夢だとしたら、志はみんなの夢。みんながそんな社会にしたいよね、という夢を描ける志をちゃんと持っている人が第一条件です。あとは愚直に行動できる人ですね。
正解はないので、とにかく行動していて分かったことを謙虚に受け止めて、それをさらにこうしたらいいんじゃないか、と行動していけることが大切です。
起業を通して経験し、身に付ける。乗り越えられない壁はない。
社会起業家養成所「ボーダレスアカデミー(※1)」では、起業に関するボーダレスのノウハウを学ぶことができます。できるだけいいビジネスプランを書いて卒業してもらいますが、最後はやはり、経験なんですよね。成功の扉は重いので、いざ起業してみると慌ててしまって、最後の一押しを押しきる前に違う扉に移ってしまったり。これは経験して気づいていくしかないので、ボーダレスグループの社長たちもそれをまさに経験しているところです。一周回って気がつくと、事業のやり方が分かってくると思います。
起業家としてのスキルは、やはり起業してはじめて身につくものですね。回っている仕組みの中でいい結果を出すスキルと、道筋のないところに絵を描いていくスキルは全く別物です。キャリアを積み上げて最終的に起業を目指すという方法もありますが、いきなり起業してしまう、という方法もありだと個人的には思います。
まさにボーダレスでも、「RISE」という新卒向けの起業家育成プログラムを行っていて、3人一組体制で1000万円で事業をするという挑戦をしています。僕は困った時だけ相談に乗るという体制で、実際に自分たちで気づいて経験していくことが大切ですね。そういう意味でも、できるだけ早く起業しようとすることは起業家を目指す近道かな、と思います。
起業するうえで難しい部分ももちろんありますが、基本的に乗り越えられない壁はない、と思っています。
※1. 2018年に起業家育成の場として開校した、社会起業家育成所「ボーダレスアカデミー」。2ヶ月半で起業のイロハを学び、起業を想定したビジネスプランを完成させることができる。
今、ハチドリ電力事業に取り組む理由
ーボーダレス・ジャパンが取り組むソーシャルビジネスの1つに、CO2排出ゼロの再生可能エネルギーで持続可能な社会をつくるというミッションのもと運営している、実質自然エネルギー100%の電力会社「ハチドリ電力」があります。
地球温暖化の問題は、少し勉強したら危機的状況にあるということはわかると思うのですが、世界で使う言葉も気候変動(Climate “change”)から 気候危機(“crisis”)に明確に変わっています。それなのに、なかなか広まっていかない。
2019年に、日本は化石賞というとても不名誉な賞をいただいたわけですが、それを見た時に「あ、もう1ユーザーとして自然エネルギーを使っていくだけではだめだな」と思いました。本気で地球温暖化に取り掛かっている人がいないと気づき、1人でも自然エネルギーを使う人を増やしていきたいと思ったことがきっかけではじめました。
ボーダレスには、「エコロジーファースト」というボーダレスイズムがあります。つまり、環境負荷をかけずに事業を行なっていく、環境第一主義という考え方なのですが、3年前から全社の電力を100%自然エネルギーに切り替えていました。
まずは、地球が直面している本質的な問題を知り、理解するところから
電気はどれも同質です。火力発電所で発電した電気も、クリーンエネルギーも成分が違うわけではないので、ハチドリ電力に変えたからといって電球の色がきれいになったりするわけではありません。では、何のために変えるの?という本質的な部分を理解してもらえるように伝えていく必要があると思っています。みんな無関心なわけではなく、「未認知」だと思っています。見えない概念を理解して知識として知れば、もっと多くの人達が意思を持って変えてくれるはずだと感じています。
2030年までのタイムリミットの中で知るべき選択肢
世界の科学者が決めている、2030年までに2010年時のCO2を半分に減らして、2050年までにゼロにするというマイルストーンがあります。それが達成できないと地球が不可逆的になって、もう後戻りはできません。これは科学者が事実に基づいて示していることなので、しっかりと受け止めないといけない。そのために、私たちが知らないといけないことは2つあります。
- 地球温暖化の現状を知る
- それに対して何ができるか、どういう選択肢があるかを知ること
なぜ僕が今これを頑張っているかというと、このタイムリミットが迫っているという問題があるからなんです。この10年というタイムリミットがあるので、地球環境家たちも今頑張っているのです。日本全体のCO2排出を部門別で見ると、実は40%がエネルギー転換部門、主に発電するときのCO2排出です。原因は、日本の電気の約8割が火力発電に頼っているからです。それを、CO2を出さない自然エネルギーに変えていくことは、CO2削減にとても大きなインパクトになるということですね。この事実をみんな知らない。全員が自宅や会社の電気を自然エネルギー100%の電気に切り替えると、とんでもないインパクトになります。まずは、こういう選択肢がある、ということを知ってほしい。
少しでも多くの方に自然エネルギー100%を選択してもらえるように、できるだけ電気代を安くしたい。だから、自然エネルギーの割合を減らすことで電気代を安くするのではなく、電気をいくら使っても自分たちの運営費は、個人家庭は一律500円、法人でも最大2,000円しかいただかないようにしています。
SDGsはゴールではなく、今できていることを見直すチェックリスト
今の日本でもSDGsという言葉は広く知られるようになってきました。それ自体はすごくいいことだと思います。まず言葉が広がることで、SDGsへの関心を高めてくれると思うので。海外ではSDGsという言葉と合わせて、「サーキュラーエコノミー」という言葉が使われていて、循環型社会とは何か、という本質的なところでちゃんと議論がなされていますよね。
ただ、SDGsバッジの使い方としては正しく使った方がいいと思っています。現状の使い方は、「うちの事業は何番に当てはまります」という既存の事業をアピールするために使っているところも多いのが現状だと思います。しかし、SDGsの本質をしっかりと理解して、SDGs の17項目を1つ1つ見ていくと、どんな事業を行っていても直接的・間接的に関わる部分は多くあると思います。例えば、エネルギー項目だと、絶対に電気は全員使っていますよね。教育の項目で考えると、働く社員の子供たちはちゃんとした教育の機会が与えられているかどうかをチェックして、何か会社としてできることがないかを考えるとか。
このように、ゴールリストとしてではなく、全項目に自分たちがどう寄与できるだろうか、いい寄与の仕方ができているか、悪影響を出していないだろうか、というチェックをしていけるような使い方にしていかないともったいないな、という思いはあります。
日本のこれから。変わっていくためには
どのようにして国民の意識が高まっていくかは、大きなテーマになると考えます。海外には、「自分たちの行動が社会を作っていく」という考え方の市民教育があります。日本は道徳教育は素晴らしいですが、このような市民教育がないので、社会は国の仕事、自分の生活は自分で守るといった考え方で、積極的に社会に関わろうとする意志は弱いところがあるように見受けます。僕は国民一人ひとりの意識を高めていく必要性を感じています。
過去の社会運動を研究した結果によると、人口の3%の人が参加した運動というのは成功したらしいです。いきなり全部ではなくても、まずは3%の人が動くと何かが変わっていくということです。変わっていくために、少しずつでもとにかく今できることから発信して、行動し続けていきたいですね。
編集後記
前回ICCが田口さんを取材させていただいてから、4年。今回は「SDGs特集」という切り口で、成長を続けるボーダレス・ジャパンが描く未来、ソーシャルビジネスの本質をお伺いしました。自然エネルギ―への切り替えという1歩から始まるように、私たち1人1人が最初の3%となって社会活動を広めていくためには、まずは「事実を知る」こと、知ろうとする姿勢が必要不可欠だと感じます。まずはこの記事から自分ができる一歩は何だろう、と気づくきっかけを得ていただければと思っています。社会の本質を考えることができる貴重なお話、本当にありがとうございました。
Author: 大久保 芙美
(株)ICCコンサルタンツ・ビジネス留学研修事部
コンサルタント JAOS認定留学カウンセラー