紙器業界からイノベーションを起こし続ける仕掛け人、倉岡紙工 倉岡和徳さん
海外駐在から地方創生のため熊本へ
2020年4月27日、熊本日日新聞の一面を紙器会社新工場の竣工が飾りました。一面を飾ったのは株式会社倉岡紙工。熊本地震で被災するも、ピンチをチャンスへ転換し業界へイノベーションを起こす新工場として生まれ変わりました。
東京ではなく熊本から発信することにこだわる倉岡紙工は、数々の革新的な取り組みを行い、業界のリーディングカンパニーへと変貌を遂げました。その仕掛け人はCEOを務める倉岡和徳さん、ICCコンサルタンツが運営するIBPビジネス留学(注1)の修了生です。留学後、専門商社で海外駐在を経験し、グローバルキャリアをもつ倉岡さんのこれまで、そしてこれから目指すキャリアについて、お話しをお伺いしました。
注1.)株式会社ICCコンサルタンツが主催運営する大学での学びと海外企業でのインターンシップを組み合わせた1年間の留学プログラム。1989年に1期生を送り出して以来、延べ5000名の卒業生を輩出している。
倉岡和徳/Kazunori Kuraok
1983年熊本県熊本市生まれ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。ICCコンサルタンツが提供するIBPグローバル留学奨学金の特待生として、IBPビジネス留学 ワシントン大学コースを修了。帰国後、専門商社へ入社。香港駐在を経験しアジア地域のサプライチェーンをマネジメントし、香港、深セン地区のオペレーションを統括。多様な人種、文化での実務を経験。
2013年より家業である紙パッケージのリーディングカンパニーである株式会社倉岡紙工にてCEOを務める。倉岡紙工は、熊本本社工場と福岡支店を構え、2020年1月には熊本に最新鋭の新工場が竣工した。
アトツギベンチャーとして業界を牽引。
グローバルキャリアでの経験を活かし、地域創生。
私は現在、熊本県にある(株)倉岡紙工にて紙製パッケージを企画、製造しており、祖父が創業し、私で3代目になります。熊本地震から4年経った2020年5月1日より新工場がスタートしました。これまでは、お土産などの食品系のパッケージが主だったのですが、世界トップクラスのクリーン紙器工場では、医薬品や化粧品といったこれまでの設備環境では製造の難しかった分野の製造にも取り組んでいきます。特にこれまで同様の施設がなかったため、物流費もかかる九州外に委託されていた仕事を九州で完結できるようにしていきたいと考え、そのリーディングカンパニーを目指しています。
倉岡紙工のイノベーティブな取り組み
通常であればノウハウ流出を防ぐためブラックボックス化している製造現場を公開しました。新工場には見学者用通路を設けており、同業他社から地元の小学生まで誰でも見学をすることができます。あえて隠していた部分を見せることで、業界の技術やクオリティーを切磋琢磨しながら上げていきたいという想いがあります。
他にも、AIやIoT、ロボットといった最先端設備を導入することで生産性の向上を実現しています。新工場はさまざまな自動化がされているので、いらなくなった紙がベルトコンベアで流れ再度原料になる、という持続可能な環境が設けられています。持続可能という点ではSDGsでも注目される通り、プラスチック製品を紙に変えたいという希望も多数いただいており、技術的な問題を解決しながら取り組んでいる状況です。最近注目を集めている、「アトツギベンチャー」として後継ですがスタートアップのように新しいものを発信していきたいと思っています。
家業を継ぐことは全く考えていなかった学生時代
学生時代は家業を継ぐことは全く考えていませんでした。両親から継げとも言われたことはなかったですし、自分自身もキャリアに関してそのような想いはありませんでした。学生時代は海外で仕事をしたいという想いがありました。就職活動中に日経新聞を見た時に掲載されていたIBPグローバル留学奨学金をきっかけに応募し、特待生のお話しをいただきましたが、当時はちょうど大学4年生で内定ももらっており、留学か就職かで迷いましたが、留学へ行くことを決意しました。
現在のキャリア観の軸となった留学生活
留学中は現地でインターンシップをしたことが大きな経験値となりました。アルバイト経験しかなかったので、インターンシップで働くことで自分のバリューについて考えた時期がありました。インターンシップはコンサルティング会社と商社の2社にて行いましたが、自分の強みを考えたときに日本人であることが一番の強みだと気づきました。物事をオーガナイズすることやホスピタリティをアメリカ人から評価してもらえました。
また留学中に一番印象的だったことはIBPの同級生や他留学生とアメリカ独立記念日に露店でレモネードを売ったことです。全然利益にはなりませんでしたが働く大変さと楽しさを肌で感じました。働くことは対価を得るものだという考えはなんとなくありましたが、ここで「楽しければきつくない、働くってすごく楽しいことなんだ」と感じ、劇的にここでキャリアに対する考え方が変わりました。
このような留学経験が今の柔軟性・適応力を養うきっかけになりました。
今も「面白い仕事があるのではない、仕事を楽しむ人間がいるだけだ」という楽天の三木谷社長の言葉が好きで、楽しくすることを心がけており、辛い時はどう楽しむべきか考えています。
留学経験を活かし、専門商社へ入社
グローバルキャリアを構築
留学時に、BCF(ボストンキャリアフォーラム)にて前職の専門商社へ就職することに決めました。その翌年から面接官として、BCF毎年参加することになるですが。
就職先を決めた理由は二つあります。一つ目は早く海外で働きたかったこと。二つ目は留学時、自分の強みは日本人であるということに気づいたことでした。海外勤務については、大手で順番待ちをするよりも中堅のほうが早くそのチャンスが回ってくると思っていましたし、実際に香港に駐在しました。留学時は、どうにかして米国に居座ろうとおもっていたのですが、インターン先でお客様目線にたった仕事をアメリカ人上司に褒められたことで、コテコテの日本企業でキャリアをスタートしようと思いました。
その後の香港ではサプライチェーンマネージャーとして勤務し、香港、中国を拠点に、台湾、タイ、韓国などのサプライヤーを管理していました。多様な文化、習慣のなかでの勤務で、成長することができました。
「地元に帰る場所を」「地域活性化をしたい」
香港駐在から熊本へもどり、見習いとしていちからのスタート
高校の同級生のハワイでの挙式に参加した時に同級生は都市圏にて勤めているのですが、口々に「本当は熊本が好きで、帰りたいのに帰る場所がない」つまり、受け入れるだけの企業や、生活水準が熊本にはないということを聞き、それがずっと心に引っかかっていました。私の場合はたまたま家業があったので、地方から活性化させるようなことができるのではないか、それを自身のミッションに感じました。しかし、実は家業については箱を作っている程度しか知りませんでした。日本帰国後に工場の一番下っ端として機械の使い方からスタートしたのですが、昔ながらの3K職場、きつい、汚い、危険という環境に驚きました。同時にそこで働く職人さんの技術を伝え、職人の地位をあげたいと思いが、今回の新工場竣工へつながりました。
熊本地震で工場半壊、ピンチをチャンスに「創造的復興の実現」へ
仕事を一つ一つ覚えている最中に熊本地震が起こり、旧工場が半壊。生産活動はもちろん日常生活もままならない状態が続き、味わったことがない恐怖と先が見えない怖さを体感しました。しかし、物事が大きく変化するのは、平時ではなく有事の際です。何もない時代だと変化を求めませんが、今回のコロナも同様、有事の状況ですと変わらざるを得ないので、国の施策をうまく活用しながらピンチをチャンスに変え「創造的復興の実現」を目標に社員一丸となり困難を乗り越えてきました。今までとは違う新工場の竣工について、熊本弁でもっこす(頑固者で融通がきかない)な職人から変わる必要があるのかと疑問の声も上がっておりましたが、工場竣工後はこうやっていかないと会社の未来が明るくないと賛同を得ることができました。実際、冷暖房も完備しておりますし、生産性も格段に上がっています。
優秀な人材が活躍できる場所を熊本に
熊本を代表する業界のリーディングカンパニーを目指
熊本県を代表する企業の一社となり、熊本の優秀な人材が働ける場所になりたいと考えています。さらに世間の認知をあげてここ熊本からイノベーションを起こし、業界のリーディングカンパニ―になることが目標です。もちろん、海外展開も早期に実現したいと思っています。
ワクワクする選択肢を選ぶことが今のキャリアに繋がった
これまでのキャリアを振り返ると、考えていなかったようで、点と点が線になっていたという感覚はあります。大きな転機は3回ありました。1回目は、大学卒業後に内定を辞退し、IBPビジネス留学でアメリカに留学したことで価値観が大きく変化したこと。2回目は、前職での香港駐在時、中国、そしてアジアの成長市場を体験できたこと。3回目は、2013年、30歳で熊本に帰ってきたことです。心がけていたのは、その時にベストだと思う選択、心からワクワクする方を選択するということでした。
海外でたくさん失敗し、転び方を身につけたことが人生の根っこになる
コロナ禍で、世の中が大きく変わってしまいましたが、チャンスがあれば是非海外留学にチャレンジしてほしいです。世界に出ることで逆に日本の素晴らしさに気づき、マイノリティーとして生活することで自分自身と対峙する良いきっかけになると思います。海外の方が失敗しやすい、若いうちは転び方を身につけることも大事です。その経験が、その後の人生を支えていく根っことなり、拠りどころとなると思います。
また、留学では、日本では出会えないような素晴らしい人たちと友人になることができます。留学時代に会った友人たちは今も私の財産ですし、世界各地で活躍している友人たちとは、今も繋がっています。実はこのメディアでは特集されている株式会社Bakeの長沼さんはIBPプログラムの同期であり、留学時代は同じシェアルームで過ごしたほどの仲です。長沼さんのビジネスと協業するため海外出張へいったこともあります。香港駐在中も留学中の友人が香港へ出張に来て会ったりと繋がりました。留学中は優秀な同期たちに刺激を受け、今はビジネスの情報交換をしたり各界での活躍に刺激を受けています。
近年、日本からの留学生が減っているということを大変危惧しています。是非日本から飛び立って大きな世界でチャレンジしてほしいと思います。
取材後記
海外駐在経験を経て、地元の熊本にてイノベーションを起こす倉岡さんのお話しからは、「世界のどこでも働くことができる力」「自らのキャリアをリードする力」を感じました。熊本からでも海外展開はできるし、進めていきたいと語る倉岡さん。そのような力やマインドがまさにこれからの時代に求められ、これからの時代を勝ち抜く力と言えるのではないでしょうか。
このコロナ禍でリモートワークが急速に浸透し、オフィスを解約や半減したという企業も続出しています。オフィス勤務が当たり前だった常識が覆されつつある現在、 “東京”にこだわらずともビジネスができることを体感された方も多いのではないでしょうか。世界のどこにいてもやりたい仕事ができ、場所関係なく対等に評価してもらえる。そのような日本になるように自らがリードしたい!そんな力を習得したい!というみなさんの想いやチャレンジをICCは応援しています。
Author:芦澤 可奈
株式会社ICCコンサルタンツ ビジネス留学・研修事業部
JAOS認定 留学カウンセラー