シアトルで活躍する日本人の方にお話を伺うこの企画、今回はシアトルでバイオベンチャー Acucela Inc. を立ち上げた窪田良さんにお話をお聞きしました。
プローフィール:窪田良(くぼた・りょう)MD, PhD
Acucela Inc. 創業者 会長・社長兼最高経営責任者
窪田製薬ホールディングス株式会社 代表執行役会長、社長兼最高経営責任者
慶應義塾大学医学部客員教授
1966年生まれ。兵庫県出身。
1991年慶應義塾大学医学部卒業
2001年 ワシントン大学医学部眼科学教室助教授に就任
2002年 Acucela Inc. 創業
慶應義塾大学医学部卒業後、同大学院に進み、研究過程で緑内障原因遺伝子「ミオシリン」を発見。その後医者として働く中で、治療法のない病気で苦しむ人がいる状況を目の当たりにし、再び研究の世界へ。2000年にワシントン大学のシニアフェローとして渡米し、助教授に就任。ワシントン大学での研究成果をもとに、2002年にアキュセラ・インクを創業。2014年に米国企業初の東証マザーズに上場。2016年末にアキュセラ・インクを完全子会社化し、窪田製薬ホールディングスを発足し内国企業として再上場を果たす。拠点を日米に置き、眼疾患の医薬品・医療機器開発を手がける。
製薬会社を起業すること
田口:最初に現在経営されている会社の概要を教えてください。
窪田:Acucela Inc. は医薬品と医療機器を研究開発するベンチャー企業です。具体的には目に関する問題を解決するための薬を開発しています。
田口:なぜこの会社を起業しようと考えたのですか?
窪田:大学で医学を学んだ後に、眼科臨床医として働き始めました。そこで感じたのは、世の中にはまだまだ開発されていない薬がたくさんあるということでした。私のところには目の病気でいらっしゃる患者さんが多かったのですが、治療法のない病気に患う患者さんを目の当たりにしました。治療法のない病気を治療する研究をするために米国に留学しました。目の再生医療の研究が目的であり、起業するなど夢想だにしませんでした。留学先のワシントン大学の研究にポテンシャルを見出した友人との出会いがあり、創薬支援ビジネスで起業に至りました。しかしながら、わずか数年でそのビジネスモデルが破綻することがわかったので、新薬を自社開発するビジネスモデルに切り替えたのです。
田口:製薬会社はどのような収益構造になっているのでしょうか。あまり馴染みがないので教えていただきたいです。
窪田:モノを作って売る会社は、単純に言ってしまうとプロダクトを作り、それを販売した売上から販管費や製造コストなどの費用を差し引いて利益を計上していきます。製薬会社でもとりわけ我々のような開発段階のベンチャーはそのプロダクト、つまり薬を開発するのに何年もかけているわけです。上市した製品がなければ、基本的には収入源はすべて投資から得ることになります。どういう病気に対して、どういうアプローチで治療する薬を開発し、どこまで開発が進んでいるかという説明をし、将来性を見込んでいただいた上で、投資を続けてもらうわけです。細かい話をいえば、知的財産の提供によって得られる収入もあるのですが。もちろん、我々もそうでしたが、開発段階のベンチャーには創薬支援事業などを手がけて収益を上げる会社もあります。
田口:では次は起業のときのプロセスについてお聞きしたいと思います。まず資金はどのように調達したのでしょうか。
窪田:今でこそ会社を15年以上経営し、上場させましたが、もともと米国での企業経営の経験は全くありませんでした。渡米して間もない上、大学助教授を経ての起業だったので、当時は技術力は信頼されていても、経営者としての信頼はほぼゼロ。投資家を数十社まわりましたが、資金繰りには苦労しました。あるご縁で、私が研究者時代に使っていた顕微鏡のメーカーの幹部と面談する機会を得られ、日本の投資家からシードマネーを得ることができたのです。それ以降の資金調達もほとんどが日本の投資家からです。やはりアメリカで起業するとはいっても、日本人なので日本からのお金が得やすいんですね。
田口:投資を得るために意識したことは何かありますか。
窪田:日本の投資家は地に足がついたプランを重視します。だから私も創業当時は新薬開発というよりは診断装置の共同開発をするという実現性が高い技術をアピールしました。その後、新薬開発のための出資を募る際には、自分たちの専門性、チームの強み、社会的ニーズや市場性などの伝え方を工夫しました。ベンチャー立ち上げのアイディアのほとんどは、過去に試されているものが多い。伝え方を工夫しないと、失敗した前例があることを理由に投資検討に至らないこともザラにあります。
田口:シビアな世界なんですね・・・。ちなみに投資家は、それぞれの業界の専門の方なんですか?例えばどのくらいの確率で新薬の開発が成功するのかなど、専門家でなければかわからないと思うのですが。
窪田:投資家はそれぞれに詳しい分野を持っていることが多いです。新薬開発すれば、必ずそれを求める患者がいます。つまり開発に成功すれば、市場規模によりますが、必ず売れることが期待されるわけです。また、薬剤開発には何百億円もの投資が必要です。その投資規模も、新薬となる化合物を探索する段階、動物での薬理作用をヒトで実証する段階、後期臨床試験から上市に向けて検証する段階ごとに差があります。一般的にベンチャーや大学、研究機関が化合物を生み出し、動物実験で安全性や効果を調べ、マーケティングのノウハウと販売網をもった大手製薬企業によって買収される、もしくは、ある段階で共同開発パートナーとなって投資をしてもらう、といった流れになります。
我々の場合は戦略的に、大学などから生み出された有望な技術や化合物候補を早い段階で獲得して、自社でマウスなどを使った非臨床試験からヒトでの臨床試験を通して安全性や薬理効果を確かめて、POC(概念の実証、Proof of Concept) を取るフェーズに注力しています。ヒトでの POC が取れたということは成功確率も格段に上がったことの証明ですので、この段階で共同開発パートナーを獲得していこうと考えています。
我々のようなベンチャー企業も投資を受けるばかりではなく、技術を手に入れるための先行投資をしているわけです。
田口:需要が先立って新薬開発が行われますよね。確かにビジネスモデルが少し違いますね。
窪田:ビジネスモデルの違いという点では、理系分野の起業は文系分野での起業とかなり違いますね。文系理系という考え方は日本独特の考え方ですが、便宜上このように言っておきます。理系分野ではリーンスタートアップのように製品化へのプロセスの途中でプロダクトに仕様変更を加えて少しずつ改良することは難しいのです。医薬品の開発は化合部の物質特許を持っていることが重要で、その物質の性質(ヒトでの有効性と安全性)を数年間かけて証明していかなければならないからです。もし途中でネガティブな結果が出た場合、化合物の形に変更を加えるとゼロからその物質の性質を確かめなおさらなければなりません。工業製品の性能テストと異なり、ヒトで薬剤の性質を証明するのには数年から十数年かかってしまうのです。誰かが所有する技術を真似て改良するにしても容易ではありません。そういう点では他の産業とは違い、非常に長い時間と大きなリスクがあるわけです。それでも投資を得られるのは、治療薬がなくて困っている患者さんの強いニーズと成功した時の高い収益が期待されるからです。
田口:私は経済学部で文系専攻なので、理系分野の起業はそのような考え方になっていることは知りませんでした。大変興味深いです。
アメリカで経営を行うこと
田口:次はアメリカで企業の経営を行うことについてお話をお聞きしたいです。まず、なぜアメリカで起業を行うことにしたのですか。
窪田:これは単純に、目の再生医療で非常に有名なチームがワシントン大学にあり、そのチームに加わって研究していた流れでシアトルでの起業に至りました。
田口:シアトルという街はどうですか。私は特に人種差別などもなく、留学には適しているなと感じたのですが、経営としてはどうでしょうか。
窪田:経営は非常にやりやすいです。特にアジア人には親切だなと感じます。というのも、実は小さい頃にニュージャージーに住んでいたことがあったのですが、その時はアジア人への風当たりが非常に強かったのです。日本はアメリカの技術を真似していると批判されていた時代でしたから。
田口:シアトルという街はどうですか。私は特に人種差別などもなく、留学には適しているなと感じたのですが、経営としてはどうでしょうか。
窪田:経営は非常にやりやすいです。特にアジア人には親切だなと感じます。というのも、実は小さい頃にニュージャージーに住んでいたことがあったのですが、その時はアジア人への風当たりが非常に強かったのです。日本はアメリカの技術を真似していると批判されていた時代でしたから。
田口:アメリカで起業することのメリットは何だと思いますか。
窪田:アメリカは相手の価値を判断する時に、その時の価値、すなわち、リアルタイムで価値を理解して評価をするところが素晴らしいと思います。昔の学歴や経歴がどうであろうと、現在、必要とされる価値を生み出せれば、相応の評価をしてくれます。例えば私は先日、私が手伝っている米国シンクタンクの仕事で台湾の大統領と会談する機会があったのですが、日本では一介のベンチャー企業の社長が他国の大統領に合うようなことはまずないと思います。でもそこに価値があると判断してもらえれば、会う機会を作ることが出来る。そういう風土はいいですね。
あとはチャレンジすることに肯定的なのはいいですよ。例えば起業に失敗したとしても、その経験を活かせば次にはもっといい起業ができるという考えを持っているので、投資家の方も投資の傾向が日本のそれとは違ったりしています。失敗したとしても再チャレンジしやすい環境があります。新薬の開発という分野は3万分の1の確率で成功するものだと言われているので、このアメリカの考えに適しているとも言えますね。
田口:3万分の1ですか・・・とてつもない可能性を模索しているのですね。
窪田さんの考える日本とアメリカの違い
田口:最後に、日本の今後の方針に関する考えをお聞きしたいと思います。こちらで経営していく中で感じた、アメリカの起業家と日本の起業家の違いはありますか。
窪田:そうですね、まず、アメリカは技術ベースの起業家が多いということでしょうか。 とにかく新しい技術が、日本では考えられないほどのスピード感で生まれる風土がアメリカにはあります。こういう技術があるからそれを活かして起業するというパターンが日本と比べると非常に多いと思います。
田口:こちらに来て感じたのは大学院に行く人が日本と比べて非常に多いと感じたのですが、それも関係しているのでしょうか。
窪田:米国では新人・経験者問わず、専攻・研究分野と職業選択に一貫性が必要で、人材採用の際に専門性の高さが評価されるからです。やはり大学院までいくとそれ相応の深い知識がつくので、その分他の人とは違った技術が身につくと思います。それを活かして起業、という流れは多いと思いますし、ある程度アメリカで起業家が多い理由に関係していると思います。
田口:私は日本で起業家が少ないことの原因に興味があるので、今のお話は大変興味深いです。他にもアメリカで起業家が多い理由として考えつくものはありますか。
窪田:そうですね、これはよく言われているかもしれませんが、終身雇用制度がないのは非常にベンチャー企業にとってありがたいです。やはり終身雇用は、優秀な人材をその会社にとどまらせてしまいますから、ベンチャー企業が必要とする人材が流れてこないのです。一方、終身雇用がない社会では、若者は常に次のキャリアを見据え、手がける仕事に価値を生み出そうと考えます。転職の際に評価されるのは、過去や転職前の仕事でどれほどの価値を生み出してきたか、ですから。
田口:現在日本はベンチャーの支援を盛んに行っていますが、今のお話をお聞きしていると、日本はまず社会の制度から変えないといけないのでしょうか。
窪田:社会の制度を変えない限りベンチャー支援をすることに全く意味がない、とは言いませんが、いずれはその必要性が出てくると思います。アメリカも昔は大企業が経済界を占めていましたが、経済改革を経てベンチャー企業が生まれ、成長しやすい社会になったのですから。
田口:先程日本の投資家とアメリカの投資家の違いについてお話してくださいましたが、私は日本の投資家がある程度成長した会社にしか投資しない傾向があるというお話をお聞きしたことがあります。これを変えるにはどのようにしたらいいと思いますか。
窪田:なかなか難しいですよね。たまたまでもいいからその投資の成功例を増やしていくしかないでしょう。アメリカでは起業経験のある人はたくさんいますから、初めて起業する人でも豊富な経験を持っている仲間を見つけやすい。一方日本では成功経験がある人が少ないので、起業するとなると人材面の不安が拭えません。投資家が投資に踏み切れない状況が起こっているわけですね。
田口:一度に行えるかはわかりませんが、いずれは社会構造の変化も必要になってくるということですね。ありがとうございます。
田口:最後に、窪田さんの起業家として心がけていることを教えてください。
窪田:自分の直感を信じるということです。色々な情報を数値化して見ることが出来るようになってきたとはいえ、最終的には自分の判断で経営を決めなくてはいけないときも多々あります。そのようなときには自分の直感を信じなくてはいつまでたっても決断をくだせませんから。
田口:本日のお話の中で、起業することの精神から具体的な流れまでかなり詳しくわかった気がします。本日はお忙しい所、本当にありがとうございました。
インタビューを終えてみての感想
今回は、日本でいう理系分野での起業という、馴染みのない分野におけるインタビューであったため、私のイメージしていた起業及び経営のイメージと離れている部分も多かったです。特に研究内容ありきの起業、という部分が収益構造や経営方針まで変えていることに驚くとともに、この事実は私を「ビジネスを学んでいるだけではイノベーションを起こせないのではないか」という考えにまで至らせました。
日本とアメリカとの比較において興味深かったのは、リアルタイムでの価値判断という考え方です。日本人が起業に否定的な理由として、失敗を極度に恐れるという部分があると思います。失敗経験がプラスになるのかマイナスになるのかはもちろん時と場合によりますが、こと起業においては経験を積むのに欠かせない要素になるのではないでしょうか。「失敗は成功の母」という言葉がありますが、その考えを知っていても、いざとなると実行できないのが現状だと思います。日本全体に失敗を容認する精神が広めることが一番大きな起業支援につながるのでは、という考えを持つことができたインタビューでした。
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