ホストファミリーとは卒業後8年経つ今でも定期的に電話する仲です!

留学をしようと思ったきっかけはなんですか?

私が小学生のころ、父親の海外赴任が決まりました。その時家族から父親に帯同して赴任先国の中学校に通うことを提案されたのが、留学を考えるようになったきっかけだったと思います。結局諸々の事情で帯同は実現せず地元の中学校に通いましたが、卒業後の進路に高校留学という選択肢があったのはそういった背景があります。最終的に留学を決めたのは、日本の高校に通うよりも留学のほうがぼんやり「普通じゃなくていいな」と感じたからだったと思います。

留学先の国を選んだ理由は何ですか?

日本や他の候補国(アメリカやカナダなど)と比べて、ニュージーランドは国土面積・人口ともに規模が小さく自然豊かな国だと聞きました。そこから連想するのどかなイメージが自分に合っていると思ったことが理由です。留学先に選んだダニーデンという街が、国立大学があることから「学生の街」と呼ばれていたのも自分にとっての魅力のひとつでした。確かニュージーランドの留学費用も他国と比べて安価でした。

留学に向けて、英語はどのような準備をしましたか?

中学3年生の秋ごろまでは日本の高校入試の準備をしていたので、高校入試対策として学習塾に通っていました。冬以降、留学が決まってからはオンライン英会話のレッスンを受けていました。1コマ30分で、講師として登録されている英語ネイティブ話者とビデオ通話をつないで雑談するというものです。週1、2回で2、3ヶ月くらい続けたと思います。

留学先の学校はどのように決めましたか?学校を決める際、特に重視したことがあれば教えてください。

学校を決めるときに重視したのは、街の雰囲気と、学校に通う日本人留学生の人数です。前者は、生活するにあたり治安や衛生面で大きな不安がない街か、暮らしてみたいなと思える街かどうかです。後者について、日本人留学生は少人数のほうが良いと思っていました。その方が現地の人々、文化と触れ合う機会が増えると考えたからです。

日本の学校と比べて、どんなところが違いましたか?驚いたことなどがあれば教えてください。

自分の中学校と比べてですが、「クラス」がなく、かつ授業がすべて選択教科であるところに違いを感じました。年度初めに授業のリストが配布され、その中から自分が受けたい授業を選んで時間割を組みます。授業によって教室も一緒に受講する生徒も毎回変わります。高校最終学年になれば自分の組み方次第で空きコマも作れました。クラスがない代わりに「ハウス」があり、学年関係なく全生徒は4つのハウスのどれかに所属します。朝のホームルームや学校行事はこのハウスに分かれて実施されます。かなり格好よく言うと、ハリーポッターに登場するホグワーツ魔法学校の4つの寮のようなイメージです。

留学先の学校ではどんな科目を勉強しましたか?また、その中でも好きな科目と、好きな理由を教えてくだい。

最終学年は、英語、物理、微分積分、体育、調理、日本語を受講していました。楽しみにしていた教科は物理と体育です。物理は仲の良い友達と一緒に受けていたこと、体育は英語が話せなくても気にせずに楽しめたことが理由です。ただ結局は授業なので、毎日休み時間と下校が一番好きでした。

印象に残っている学校行事はありますか?

留学1年目の夏休み(11・12月)に行った留学生向けの「Tramping」(ハイキング)と、体育の受業の一環で行ったスキー・スノーボード合宿です。両方とも2泊3日の日程だったと思いますが、特にスキー・スノーボード合宿は最終日に単位がかかった実務試験が控えていたため、何度もこけながら必死にスノーボードの練習をしたのを覚えています。ホテルの同じ部屋に特に仲の良い友達がいなかったため、楽しそうな他の生徒を横目に早々に布団に入ったのは少し苦い思い出です。

ホームステイ先(もしくは寮)はどんなところでしたか?楽しかったこと、大変だったことなどあれば教えてください。

留学期間中はずっと同じ家族に受け入れていただきました。おかげで、留学を終えてから約8年が経つ今でも定期的に電話をするくらい親密な関係になりました。家族は両親と当時8歳の息子、5歳の娘の4人家族でした。とても仲の良い楽しい家族で、精神的に不安定になりやすい10代後半を、広い心と家族の温かさで支えていただいたことにとても感謝しています。子供がいるため休日は家族で出かけることが多く、私もだいたい一緒に連れて行ってもらっていました。そこでニュージーランドの自然を満喫できたことがとても楽しかったです。大変なことはきっとあったのだと思いますが、思い浮かばないくらい良いホストファミリーでした。強いていうならお小遣いのやりくりでしょうか。これはホストファミリーではなくリアルファミリーとの交渉です。

留学当時(ホストブラザー&シスターと)

学校生活で特に力を入れて取り組んでいたことなどがあれば教えてください。

学校のクラブ活動です。バスケットボール部に入っていました。日本では毎日練習するのが当たり前でしたが、ニュージーランドでは練習の時間・頻度はもっと少なく、スポーツに力を入れていない私の母校では、週1回2~3時間の練習で毎週の試合に挑んでいました。物足りなく感じていた分、活動は積極的に取り組んでいたと思います。

週末や休日はどのように過ごしましたか?

私はあまり友達と街に繰り出すようなことはなく、ホストファミリーと過ごすことが多かったです。既に書いた通り、ホストファミリーには子供が2人いたので、家族で一緒に出掛けることが多く、だいたい一緒に連れて行ってもらっていました。ビーチに出掛けてのんびりしたり、海にカヤックにいったり、ボートで川下りをしたり、長い休みには旅行にいったり、等々。南島ネルソンに住んでいた伯父さんのヨットで海に出た時、イルカの群れがすぐ横を通り過ぎて行ったのは、いま思い返すとすごい経験でした。

8年後(ホストブラザー&シスターと)

現地生や留学生のお友達はできましたか?お友達になったきっかけがあれば教えてください。

友達は多くはありませんでしたができました。昨年ダニーデンに旅行に行ったときに何人かに再会できました。友達になるきっかけがはっきりあったかどうかは覚えていないですが、一緒に授業を受けるうちになんとなく仲良くなっていったのだと思います。

 ICC現地アドバイザーとの思い出があれば教えてください。

留学開始時や各年度のはじめ、卒業後の進路検討を始める時など、節目のタイミングで丁寧なサポートをいただきました。特に留学はじめ数週間は英語がまったく聞き取れず話せないため、ホストファミリーとの生活のルール、学校の仕組み、街の交通など、すべてがわからない状況でした。そんな中、アドバイザーの方が日本語で丁寧にサポートしてくださったため、とても安心したのを覚えています。

高校卒業後の進路を考え始めた時期と、具体的に進路を決めた時期を教えてください。

ニュージーランドでは第12学年(高校2年相当)でニュージーランド国内の大学進学要件の単位数を取得できるため、第12学年の教科選択をするときに、つまり2月だったと思いますが、その単位数を意識して時間割を組んだ覚えがあります。その時はぼんやりニュージーランドもしくはオーストラリアでの大学進学をイメージしていました。ただ、第13学年が始まる前の12月ごろにいろいろ考えた結果、日本の大学に進学したいと思うようになりました。日本の大学の入試に落ちた時のためにオーストラリアの大学への進学も並行して検討していましたが、結果合格できたため日本の大学に進学しました。

受験する大学を選ぶ際に重視したことを教えてください。

当時は自分の高校留学の経歴を活かせるかどうかを意識していました。今から思うとそれが正しい視点だったかどうかは少し疑問が残りますが、その時は自分が学びたいこと、将来やりたいことが明確に想像できていなかったため、高校留学の経験をどう活かすかという視点で進路を考えていました。これ以外では、総合大学かどうかを考慮していました。他の学部の人と関わる機会があったほうがいいと感じていたからです。

高校留学したことは、進路選択(大学・専攻など)に影響したと思いますか?影響したと感じる場合は、どのように影響したと思いますか?

影響しました。至極単純ですが「留学で得たものは英語、では大学も英語。」という考え方です。同じく、この考え方も正しかったかどうかはわかりませんが、当時はこの考えを軸に大学・専攻を決めました。

8年越しの再会①

受験対策は、いつ頃から、どのように進めましたか?

ニュージーランド、オーストラリアへの進学という意味では第12学年の教科選択時から、日本の大学への進学は第13学年が始まるときからです。前者は大学進学要件を満たせるように教科選択をする必要がありました。後者は、第12学年終了後の日本一時帰国の時、入試用の参考書を買い込んでニュージーランドに持って帰って勉強しました。

ICCの進路相談は活用しましたか?活用した場合は、進路選択や受験に役立ちましたか?

ICCの模擬面接と志望理由書添削を利用させていただきました。オンラインではありましたが、どちらも日本の大学を受験するにあたり非常に良い準備となりました。特に面接練習は、面接の流れやコツ、雰囲気を学べる場が留学先にはないので、とても役立ちました。
また、日本の大学への出願に対してサポートいただけたことも有難かったです。私の場合、出願に必要な書類をニュージーランドで準備して日本に送りましたが、一部不備があり再提出が必要になりました。ただ不備の内容や訂正方法がわかりにくくかったため、ICCにサポートに入ってもらい、書類準備を一緒にやっていただいたことがとても助かりました。
さらには、私は並行してオーストラリアの大学へ進学することも検討していたのですが、ICCから大学へ入学資格を問い合わせるなどしていただけたため、スムーズに情報収集ができました。

8年越しの再会②

大学受験前の英語力はどのくらいでしたか?

TOEICのスコアが800点代だったと思います。

留学経験によって、自分自身が変わったところ、成長したところがあれば教えてください。

3つ挙げます。ひとつ目はもちろんですが英語力です。現在私の仕事は海外の顧客向けの営業職なのですが、仕事中に英語で困ることはない程度の語力が身に付きました。ふたつ目は自立性です。ホームステイ先でも学校でも、留学生というどこかお客様的な立場から抜け出して家族や友達になるには、何かと自律的・自立的に行動を起こさなければいけなかったため、自然と自分の行動に責任を感じるようになりました。みっつ目は、2年8カ月のホームステイ生活を経て自分なりになんとなく「こういう大人になりたいな」という人物像を持てたことです。初めて家族以外の、しかも異文化の人間と共同生活をしたことで、人間の生き方に対する視野が広まると同時に、自己理解が深まっていき、自分の憧れや情熱がどこに向くのかが以前よりも見えるようになった気がします。

これから留学をしようと思っている方達に何かアドバイスがあれば是非お願いします。

今もし留学するかどうか迷っているのであれば、あまり深く考えすぎずに行動することをお勧めします。留学が大きな決断であることには間違いありませんが、留学できる環境がありながら迷っているのであれば、深く考えすぎずに思い切りよく決断するのもいいと思います。私自身、なぜ留学を決めたのかと聞かれるといつも少し答えに迷うくらい曖昧な動機でした。留学生本人の視点で言うと、始まってしまえばただの「新しい環境での生活」です。
これから留学に行く方へは、自分の反省点から考えると、英語力向上以外でなにか留学中の目標があればいいと思います。私は当時「英語を話せるようになる!」という思いが先行してしまっていましたが、今思い返して「もっと自分が好きなことを見つけたりそれに必死に取り組んだりする時間があってよかったな」と考えることがあります。留学先で自分の好きなことを見つけて、それに時間を使って取り組めば、その時間が自然とユニークな経験となって、今後の人生に役立つと思います。高校留学における英語はあくまでも言語なので、好きなことをやっていれば気づかぬうちにペラペラだった、というのが理想です。

8年越しの再会③